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豊田城

富士山や日光連峰を望む展望室や石下の歴史を学ぶ展示など

このお城は模擬天守で、正式名称は地域交流センター。平安時代末期から戦国時代までこの一体を支配した垣武平氏一族の豊田氏が築いた城が「豊田城」と呼ばれていたため、この名称が付いたのだとか。 5層7階建ての館内には石下の歴史が分かる古文書や模型、長塚節の直筆書簡などが展示されています。
豊田城 地図 ストリートビュー

あれ?豊田城ってどこですか?

「豊田城」というと、豊田地区に聳え立つ、異常なほどの大きさの模擬天守がすぐに浮かぶ人も多いでしょう。この現代の「豊田城」は正確にはお城と全く関係ない場所に建てられた「石下町地域交流センター」であって、中は郷土の作家、長塚節関連の資料や郷土史資料などが展示されています。しかしこの「豊田城模擬天守」とは別に、ホンモノの豊田城もありました。かつては。このホンモノ豊田城は小貝川に架かる「長峰橋」の下流1kmほどの堤防上とその下の二箇所、ぽつんと城址碑が建っています。これで分かるとおり、豊田城は小貝川の河川改修と耕地整理によってすっかり消滅してしまったのです。遺構は何もありませんが、もし訪れるなら、本豊田集落を通り抜けて、小貝川の堤防上「川の一里塚」を目指すといいでしょう。そばに城址碑と解説板があります。またそこから200mほど西の高圧線の鉄塔の袂にも、城址碑と、「土地改良事業竣工記念の碑」があり、豊田氏の苦悩の歴史が刻まれています。

[観光DATA]

  • 住所:茨城県結城郡石下町新石下2010
  • 営業:9:00〜16:30、月曜休
  • 料金:大人400円
  • 地図:豊田城
  • デートタイプ:見所スポットデートデートデート